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2012年11月27日 (火)

断食道場奮闘記・・・『断食日記・H15, 9, 25』 4

・・・『断食日記・H15, 9, 25』 4


★1ヶ月の入寮生活を終えて
 私にとって、この30日はこれからの人生に非常に大きな意味を持つひと月であったと思う。若い頃より持病があって、50過ぎには癌にかかって死んでしまう、という人生設計の元に生活してきました。
 予定の年齢まで後わずかになっても、治らないはずの持病が最近改善傾向で、喜ばしい事ではあるのですが・・・。
 今まで、この先何十年も生きるなんて事をあまり考えずにきたので、持病の事以外には無頓着、それ故、高血圧やその他諸々の危険因子の増大にもほとんど気に掛けずにいたのでありますか。持病で50歳で逝かないのであれば、ちょっとやばいことになる。
 癌でなら結構短期集中型で決着がつき、敵としても申し分ない。しかし、今まで無視してきたような伏兵にやられて、チューブでベッドにくくられるような闘病生活になるとは、自分にも周りにも迷惑千万な話であります。
 今回、長年の泥をすっかり落とす事ができ、心身ともに大変爽快で、生まれ変わったような気分がしています。大袈裟なようですが、もう少し前向きな人生設計の図面を引き直さないといけないと感じています。
 パソコンでも長く使い続けていると、誤作動や中断などのトラブルが増えてくるが、ある日、セットアップした途端にウソのように快調になり、これがあの同じ機械かと思う事があるが、今回の断食は、まさにこのたとえのような状態であると思いました。
 人生や体をリセットするのはなかなか困難な事ではあるが、要はやる気でひとつである、ということがよくわかったような気がします。このようなリセットの場がこの世に存在し、そして受け入れてもらえたということは大変幸福な事だったと思います。
 先にも触れましたが、今現在、このような形で断食をはじめとする各種の療法を実践させてくれるところは他にはないと思います。お世話になった先生や皆さんへのオマージュではなく、本当に心から感謝しています。帰り際に、また30年後にお世話になりに来ますのて、それまで皆さんお元気で、などと冗談を言いながら、帰途に着きました。
 本当に30年後には断食なんて無理になっているでしょうから、今後はもう少し頻繁に毒消しに来たいと思います。それではその時まで、皆さんお元気で・・・。


・・・準備食9日、断食10日、回復食11日、体重は88.8キロから14.6キロ
の減量の74.2キロでした。

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2012年11月20日 (火)

断食道場奮闘記・・・『断食日記・H15, 9, 25』 3

・・・『断食日記・H15, 9, 25』 3


8/17 回復食1日目 76.4キロ
 今日も非常に快調で、朝の散歩でも体力的な衰えはほとんど感じない
 が、足の筋肉は落ちている。食事に先立って、梅湯が出た。10日ぶりに味
 のあるものを口にした。
  快調といえば、口の中は膜が張ったような感じがするし、胸には何かつっ
 かえたような感じが 続いていたのが、この一杯ですっと楽になった。まさに
 溜飲が下がるとはこのようなことを指すのだろうと実感した。
8/19 回復食3日目 75.8キロ
 重湯が4日間続くそうで、歯ごたえのある食事が待ち遠しい。味噌おじやや
 普通食についてくる 『らっきょ』をガリガリと噛みたい衝動に駆られる。
8/20 回復食4日目 75.0キロ
 回復食に入っても、まだ体重減が続いている。本日、目標にしていた75キ
 ロに達したので、ついにやったという達成感がある。重湯も最終日になると、
 だいぶ濃くなり、玄米の胚芽の部分の旨みが感じられるようになった。
8/21 回復食5日目 74.8キロ
 本日より3分粥。まだまだ少ないとはいえ玄米の粒が混ざっていて、米の甘
 みも味わえる。いつの間にか、目ヤニが気にならなくなってきた。
8/22 回復食6日目 74.4キロ
 本日は5分粥。敏感すぎた嗅覚も過剰反応しなくなった。
8/23 回復食7日目 74.0キロ
 本日は7分粥。炎天下で外出、暑さも何のその、以前と比べると体が随分と
 軽く、不愉快な発汗がない。汗もサラッとしており、脂ぎった汗とは無縁とな
 り、嬉しい。
8/24 回復食8日目 73.8キロ
 本日は全粥。もう、ご飯の一歩手前で、米の味が美味しい。
8/25 回復食9日目 74.2キロ
 今日から待ちに待った味噌おじやである。しかし、この味噌おじやが私には
 大変な試練で、期待と不安で胸が高鳴る。少々、大袈裟であるが、この
 40年間、これさえクリアーできれば、和食 や中華の席で無用の苦痛から
 解放されるのにと思い続けた食材、それは椎茸であります。
  味噌おじやに椎茸がたっぷり入っていのは、とうに知っていた。最初は恐
 る恐る粥の上に乗っている人参の切れ端から試してみた。ほんの小さなマッ
 チ棒ほどの大きさなので、ほとんど味はわからないが、いやな気分にはなら
 ないようだ。次にカボチャの切れ端を試してみたら、甘くて非常に美味しい。
  さらに小松菜とご飯、ちりめんじゃことご飯、と食い進んでいくうちに、臭い
 が気にならず、それよりも卵や野菜の旨みが口に広がり、全部平らげる事
 ができた。長年の懸案であった椎茸が食べられた事は大きな驚きでした。や
 はり、偉大なり、断食の効果は。
8/26 回復食10日目 74.2キロ
 昨日はこわごわ食べた味噌おじやも、今日は余裕で味わえた。今までは口
 に近付けるのさえ、我慢できなかったのであるから、大進歩である。
8/27 回復食11日目 73.8キロ
 今日は普通食。椎茸の出し汁の効いた味噌汁もクリアー。豆腐の味が五臓
 六腑に染みわたる。念願のらっきょも出て、1ヶ月ぶりに歯ごたえのあるもの
 だったので、しっかり噛みしめながら食べた。
  夕方、カボチャの食事を取ったおかげで、下っ腹にも力が入るようになっ
 て、横浜まで1300キロの道程も一気に帰れるかなという勢いでしたが、大
 事を取って、ゆっくり20時間かけて帰りました。
  途中で、持たせてもらった玄米の小さな握り飯を食したのみでしたが、大し
 た疲労感もなく、翌日の午後、無事に横浜の自宅に帰りつく事ができまし
 た。
            ・・・以下、次回へ

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2012年11月13日 (火)

断食道場奮闘記・・・『断食日記・H15, 9, 25』 2

・・・『断食日記・H15, 9, 25』 2

★入寮から断食、回復食まで
7/30 準備食2日目、86キロ
 たった1日で3キロ弱も体重が落ちて驚く。先生に伺うと、ほとんどは体のむ
 くみと便の重量でまだ体が絞られたわけではないとのこと。この2,3日の間、     
 最後というわけではないが、何年 かぶりに旧友と再会し、ちょっとぜいたく   
 が過ぎたせいもあって、普段よりも2,3キロオーバ 気味だった分がとれた
 のかもしれない。
7/31 準備食3日目 84.6キロ
 30年前、毎朝、山の麓の朝見神社まで湧水を汲みに行ったのを思い出し、 
 夕方、ペットボトル 持参で出かけてみた。ちょっと記憶があいまいだったの
 で最初は八坂神社に行ってしまい、遠回 りになったが、良い運動になっ
 た。汲む場所がずいぶん立派になっていて、萬太郎清水という名 があった
 のを初めて知った。
8/1 準備食4日目、84.0キロ
 夕方、漁港方面に散歩に出た。左目から目ヤニが出て、視界が悪い。この
 段階ですでに好転反応 が出るのであろうか。あっかんべぇをしてみても、
 炎症が起こっている風でもないので、結膜炎 ではなさそうである。
8/4 準備食7日目 83.0キロ
 毎日、朝夕の散歩を欠かさず、結構動いているのに体重が減っていない。 
 かなりの低カロリーで あるのに、あまり空腹感もない。この状態に体が慣
 れたのかな?
8/5 準備食8日目 82.4キロ
 左の目ヤニがだんだん出方が多くなってきた。朝、寝起きには目ヤニが張り
 付いて目が開かな  い。右目からも少し出ている。

8/7 断食1日目 80.8キロ
 やっと断食までこぎつけたかという感じである。準備食は非常に長く感じた。 
 特に3日目くらい までが長かったような気がする。今日は初日であるので、
 あまり変化はないが、夕方にいつもの メニューがないのはちょっと寂しい感 
 じがした。
8/8 断食2日目 80.4キロ
 胃の中が空っぽになったという実感がある。だるさやつらい感じはないが、
 嗅覚は以前に増して 鋭くなったような気がする。今日は台風がやって来て
 
 大荒れの1日で、水汲み散歩など外出は不 可能、終日、健康クラブ内で過
 ごした。脳に栄養が行ってないのがわかる。
8/11 断食5日目 78.0キロ
 今日は朝から快晴である。断食中を忘れるくらいであった。
8/12 断食6日目 77.8キロ
 今日は朝から眠い。だいぶ枯れてきた感じがするが、夕涼みに屋上に上が
 る際にも、ゆっくり上 がれば、階段で息切れたりはしない。
8/16 断食10日目 76.8キロ
 ついに断食最終日を迎えた。さらに続けたいのも山々なれど、回復日数が
 足らず、回復食の方が 重要であると諭されて、あきらめた。雨の日以外は
 朝見神社への水汲みも1日も欠かさずに行け た。鳥居の先の階段が上が
 れなくなったら、中止かなと思ったが、途中のベンチで一休みした事 は何
 度かあるが、継続できたのは、ちょっと驚いた。
                   ・・・以下、次回へ
  

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2012年11月 6日 (火)

断食道場奮闘記・・・『断食日記・H15, 9, 25』

・・・『断食日記・H15, 9, 25』

 早いもので退寮から1ヶ月になろうとしています。体重は帰宅時より、さらに3キロ減って、
約70キロで安定しています。今の食事量でも均衡状態が維持できるようで、以前の5分の1の量で満足しています。遅くなりましたが、断食日記を添付します。

★断食までの経緯
 ここ健康クラブにて断食をするのは2回目です。とは言っても、前回は私が中学3年生の時ですから、もう、かれこれ30数年前のこととなります。
 当時はまだ当然ながら、ひげ面ではなく、色白のひ弱なタイプの少年でありました。高校受験を控えているというのに、心身共に不調で、勉学に身が入らず、こんな状況では八方ふさがりでどうしようもないということで、3週間学校を休んで、別府に逃避したということだったのではないかと思います。
 もう、帰ってこれないかもしれないという覚悟で家を出たのを覚えています。今、考えるとまったく滑稽な事ですが、1週間も断食をするというのは、当時の私としては生死をかける大英断で、自ら進んでという気持ちと追い立てられてという気持ちが相まって、進退きわまった心境であったようです。
 気持ちはどうあれ、来てしまえば当時も今とほとんど同じ療法メニューの日課が始まり、あれこれ考えている暇もなく、それをこなしていくうちに体調も良くなり、日常を離れて些事に惑わされる事もないので、精神的にも安定を取り戻し、非常に晴れ晴れとした気持ちで道場を後にした記憶が、今も鮮明に残っています。断食後は頭脳明晰になり、俺って天才かも、と思うほどで、高校受験も余裕で合格できました。
 前置きが長くなってしまいましたが、30年以上前のこの記憶が、今回ここに来るうえでの大きな動機づけとなっているわけです。
 少年老いやすく、学成り難しのことわざ通り、現在は見ての通りで、かつての自称天才少年もただの中年オヤジに成り下がってしまいました。20代は貧乏していたせいもあって痩せ型でしたが、30過ぎから徐々に体重が増加傾向となり、35歳の時に禁煙したのをきっかけに一気に10キロ増えて、すっかりデブになってしまいました。
 当初は急に太ったんだから、少し節制すればすぐに痩せられると思っていましたが、さにあらず。年を重ねるごとに体重は増え、ついに身長が176センチで90キロの大台に迫る勢いとなり、過激な運動や南アルプスの縦走でもほとんど減量にならず、運動で体重を減らすのは不可能である事を悟った次第であります。
 体重の増えた分のほとんどは腹周りについてしまったようで、典型的なリンゴ型肥満が定着してしまいました。その結果、血圧、血中の中性脂肪値、GOT、GPTの数値等がことごとく基準値を大幅に越え、CTなどで断層写真を見ると、肝臓はフォアグラ状態で、さすがにやばいなぁと思いながらも、日常に流される生活でした。
 このままでは、脳の血管が切れるか、はたまた心筋梗塞か、肝臓がいかれるのが早いか、いずれにしてもまともな生活が営まれなくなる日が、遠からずやってくるのを自覚するにいたったわけであります。
 勤務先には将来入院するとなると、2,3か月の入院騒ぎでは収まらなくなるのは確実で、今ならまだ1ヶ月くらいで済むのであるから、8月は休まさせてもらいますと、訳のわからない理屈でもって、仕事を休んで飛び出してきた次第であります。
 さて何処でどうやってこの状態をリセットできるか、いろいろインターネットで逡巡するうちに、断食に行き着いたわけであります。
 何処か近くでと思っていろいろ検索してみましたが、完全な形で断食をさせてくれる施設は皆無で、スキムミルクを飲ませてみたり、ビスケットを食わせてみたりと、私から見ると、非常に軟弱な断食が横行し、嘆かわしい限りであります。
 せっかく思いきって断食をするのであるから、何としても水のみで行う本当の断食がしたかったので、結局、この健康クラブしか選択肢がなく、横浜くんだりから、出かけてくる事になったわけであります。
         ・・・以下、次回

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